なぜ、ジェンダー問題はいつも炎上しているのか?【中編】
【前編】では、「なぜジェンダー問題が炎上するのか」を、フェミニズムの歴史と思想の変遷を通じて説明してきました。
今回の【中編】では、現在のフェミニズムの問題点から、「ジェンダー問題」が炎上する背景を論じていきます。
なお、近年の「ジェンダー問題」への関心の高まりや、対立構造を理解する足がかりに関しては、【後編】でお伝えしていく予定です(今回でまとめるつもりでしたが、長くなったので3分割となりました)。
現在のフェミニズム(第4波フェミニズム)の問題点
前回の記事では、フェミニズムの歴史と思想の変遷を振り返りました。
名目上の男女平等が達成された第3波以降、フェミニズムはアカデミズムで確固とした地位を獲得し、第2波までのフェミニストが要求してきた政策課題は、法律や行政に組み込まれるようになりました。公的なアジェンダとなり社会的地位が向上したフェミニズムは、大手メディアに「ブスのババアのひがみ」と揶揄されることもあった第2波までとは異なり、日々メディアで肯定的に取り上げられ、企業はフェミニズムを「上昇志向」な消費者向けのPRに使うようになりました。
その一方で、自らの権威的立場に無自覚な有識者フェミニストなどが、SNSで頻繁に炎上するようになっています。フェミニズムは、対立や論争とともに拡大していった思想・運動であり、「女性」というカテゴリ自体が複合的な性質を持つ以上、論争が起こること自体は必然です。しかし、地位や権威を持ったフェミニストらが、正当な批判に対しても「女性差別」「キモいおじさん」と被害者ポジションを取って応戦する様は、ネット民を大いに失笑させました。結果として、X(旧Twitter)上でフェミニズム的な言動を展開する人々をやや侮蔑的に指す俗語であった「ツイフェミ」と、「フェミニスト」という言葉の境界線は曖昧になります。
現在の第4波フェミニズムの問題は、大きく3点――「過剰な可視化」「ポピュラー化」「権威化」にあります。
〈過剰な可視化〉
まず、問題点の1つめである「過剰な可視化」から解説していきます。この問題に関しては、フェミニズムに限らず、近年のオンライン空間全般に共通する病理です。
近年、世界的にも国内においても、インターネットのトラフィック量は爆発的に増加しています。日本国内を例に挙げると、2015年に70%を超えたスマートフォンの普及率は、2021年には88.6%にまで伸長しました。さらに、新型コロナウイルス感染症の拡大直前である2019年11月から2021年11月までの2年間で、トラフィック量は約2倍に急増しています。
「アテンション・エコノミー」とは、メディアの増加による情報過多の状態において、情報の質よりも、人々の関心や注目を集めること自体が資源または交換財として重視されることを指す言葉です。このアテンション・エコノミーがもたらす負の側面は、第4波フェミニズムにおいても顕在化しています。
SNSの各プラットフォームは、広告収益の獲得を目的としてユーザーの滞在時間を引き延ばすため、アルゴリズムによってエンゲージメントの高い投稿を優先的に拡散します。そのため、怒りや驚き、義憤などの強い感情を喚起するコンテンツが優先的に拡散されることになるのです。また、リポストや「いいね」の数が多ければ、それが単なる「個人の経験」であっても、あたかも「社会問題」であるかのような錯覚を周囲に抱かせます。
SNS上でハッシュタグをつけてフェミニズムやジェンダーに関する意見や体験を発信・拡散し、社会的な議論や意識改革を促す「ハッシュタグ・フェミニズム」。この運動は、その構造そのものが「エコーチェンバー」現象を内包しています。SNSという閉鎖的な空間で同じ意見や思想を持つ者同士が交流し合うことで、自分の考えが正しいと錯覚し、特定の意見が増幅・強化されていくのです。
さらに、これらの現象と並行して、コロナ禍による孤立の促進と身体的コミュニケーションの減少があった点も見落とせません。オンライン空間は、画面の向こうに自分と同じ人間が存在するという前提を忘却させやすく、匿名であればなおさら、目の前の人間に直接言うことは憚られるような強い糾弾や侮蔑が容易になります。結果として、理性的で建設的な対話よりも「敵か味方か」という極端な二元化が好まれ、対立した意見を持つ相手に払うべき最低限のマナーすら忘却されていくのです。
〈ポピュラー化〉
ハッシュタグ・フェミニズムの構造は、「最もかわいそうな被害者」や「利他の精神に基づく懲罰(利他的懲罰)を与えるにふさわしい物語」を求める欲望を刺激します。客観的な事実よりも、エモーショナルな被害者性こそがバズを生むため、告発者が美しいこと、被害者が幼いこと、あるいは、わかりやすい「敵」が設定されていることすら、暗に重要視されるのです。その結果、差別の複合的な構造に目を向けることよりも、情動を刺激する視覚や表現が優先され、第3波において手放されたはずの「女性=被害者」という単純な二元論モデルが復活します。
ポピュラー化されたフェミニズムは、しばしば共感とともに他罰感情を呼び起こします。


