なぜ、ジェンダー問題はいつも炎上しているのか?【後編】
今回の【後編】では、視点をマクロな社会構造へと移し、近年の「ジェンダー問題」への関心の高まりと、その背後にある苛烈な対立構造を理解するための足がかりを論じます。
〈マクロな視点から見るジェンダー問題への関心の高まり〉
前編・中編を通して、ジェンダー問題が世界的な潮流や国策となり、フェミニズムがアカデミズムの領域で確固たる地位を築いてきた経緯、そしてそれが一種の「イデオロギー的国家装置(体制側の支配ツール)」として機能している実態を説明しました。
では、なぜ現代社会において、これほどまでにジェンダー平等への関心が高まり、同時に激しい炎上を引き起こすようになったのでしょうか。今回は、その要因を歴史と経済というマクロな構造から見ていきます。
人類の歴史を振り返れば、現在のように個人の「自由」と「権利」が保障された時代は、さして長くはありません。
歴史上、個人の自由(特に経済的自由と私有財産の保障)が爆発的な経済発展を生む原動力となることを示した代表例としてあげられるのは、17〜18世紀のイギリスにおける名誉革命と産業革命です。その後、フランス革命やアメリカ独立戦争を経て封建制度が崩壊し、「法の下の平等」「私有財産の不可侵」「言論の自由」といった近代市民としての権利が確立されました。
「自分の財産や利益が国家に不当に奪われない」という確信があったからこそ、人々は長期的な投資や技術開発に乗り出した。それが、持続的な繁栄をもたらすシステムとして実装されていったのです。
「個人の自由と権利を保護する法制度を整えれば、経済が爆発的成長を遂げる」という社会システムは、20世紀後半の第二次世界大戦後の繁栄、そして冷戦崩壊(1989年)を経たグローバル資本主義体制において極限へと達します。国際貿易の自由化によって世界中で中間層が爆発的に増加し、かつては特権階級のものであった「富と権利」は、大衆のものへと民主化されました。
しかし、この「自由と富の民主化」のシステムは、現代の日本において縮小し、機能不全を起こしています。
現在の日本における貧富の差は拡大傾向にあります。
厚生労働省の『国民生活基礎調査』が示す通り、世帯所得の平均値(約536万円)と中央値(約410万円)の間には乖離があり、分布の山は平均値・中央値以下の低所得層へ偏っています。
日々の生活実感においても、「苦しい」と回答する世帯が過半数を占める傾向が続いています。
世界価値観調査などのデータをみても、かつて日本社会の安定の象徴であった「一億総中流」の意識は崩壊し、階層の二極化(分断)が進んでいることがわかります。
中流階級が衰退し、社会の二極化と貧富の格差が拡大する局面では、人々の関心は、税や社会保障による富の再配分だけでなく、「文化的・属性的アイデンティティ」や「社会的制裁・厳罰化」へと拡張していきます。
〈個人の自由の伸長と多様性の尊重のパラドクス〉
前述した「生存と権利の保障」と「個人の自由の追求」という、経済成長とリベラリズムの理想は、ある臨界点を超えるとパラドクスを生み出します。
本来、「個人の自由」を重んじる思想は、マジョリティの価値観の強制からマイノリティを解放するために「多様性の尊重」を支持します。しかし、社会が「多様性の尊重」の名のもと、あらゆる思想に無限の寛容を与えれば、最終的には「他者の自由や多様性を認めない不寛容な思想」までをも包摂することになります。その結果、不寛容な勢力が台頭したとき、皮肉にも最初の「自由で多様な社会」そのものが内部から破壊されてしまいます。
この逆説は、「寛容のパラドクス」と言われています。
政治学者スーザン・モラー・オーキンが1998年に発表した論文「フェミニズムと多文化主義:いくつかの緊張関係」は、その不都合な真実をいち早く告発していました。彼女は、「文化の多様性」や「マイノリティの自律性」を尊重して各集団の固有の慣習に介入しない(=自由を認める)ようにした結果、コミュニティの内部に存在する「伝統的な女性への抑圧や格差」が温存・強化されてしまう現象を指摘したのです。
この逆説は、現代のジェンダー論争において、さらに複雑な形で再現されます。
多様性の尊重が、「個別の集団の権利主張」へと先鋭化していくと、社会全体の共通の基盤であった普遍的な個人の自由や連帯は解体され、利己的な権利主張によって他者の自由を狭め合う、集団間の権利の奪い合い(ゼロサムゲーム)へと変質していくからです。
〈「ジェンダー問題」を過熱させる4つの構造〉
ジェンダー問題への関心が高まり、ときに激しい炎上を引き起こす背景には、リベラリズムの自己矛盾(パラドクス)だけでなく、それを外側から加速させる4つの装置が存在します。
① 格差の可視化と労働市場の摩擦
第一に、マクロ経済構造の変化に伴う摩擦です。国際通貨基金(IMF)のワーキングペーパー『Trends in Gender Equality and Women's Advancement』などが指摘するように、現代のジェンダー問題のひとつに、「教育や健康における格差の縮小」と「既存システムとの衝突」があります。
世界的に、女性の高等教育進学率が男性を凌駕する国が増えた一方で、労働市場における賃金格差や管理職比率の改善は緩やかにしか進んでいません。
日本では、年齢別の女性就業率をグラフ化した際、20代後半〜30代にかけて一度低下し、子育てが落ち着いた40代以降に再上昇する「M字カーブ」は緩和したものの、結婚や出産を機に正規雇用から非正規雇用へと移行する「L字カーブ」の問題には、大きな変化がありません。
ジェンダーの問題が経済学的なアプローチで活発に研究されるようになったことにより、高度な教育や能力を獲得した女性たちの問題と、ケア労働(育児・介護)や家事労働といった非市場経済の負担が女性に偏っている問題が可視化されるようになりました。
②デジタル・ネットワークと被害者性の神格化
第二に、中編でも論じた、アテンション・エコノミーと「ハッシュタグ・アクティビズム」の凶暴化です。かつては個人的な問題として埋もれていたセクシャルハラスメントや日常の性差別は、SNSを通じて、十分な事実検証を経ないまま、瞬時に世界規模で定量化・共有されるようになりました。
とりわけ2017年の「#MeToo」以降、ネット空間では「被害者」を名乗る者の言説が神格化され、手続き的正義や法的証拠を無視して「加害者」とされる者を社会的に抹殺する私刑(キャンセル・カルチャー)が加速しました。しかしその結果、草津町の冤罪問題のように、「被害」そのものの捏造が検知されず、「被害者支援」が利己的な懲罰欲の発露となり、虚偽の罪を被せられた「加害者」とされる者の名誉が傷つけられるような泥沼化した事態を招いています。





