フェミニズムと性の論争

「行動/表現」フェミニズムにおける規範・メディア・制度
柴田英里 2026.07.05
誰でも

今年の3月から、法務省の有識者検討会にて売春に対する法規制の抜本的な見直しが始まりました。現行の売春防止法は「売る側」のみを摘発対象とし、「買う側」は処罰されません。今回の焦点は、この「買う側」の罰則(買春処罰)の有無や、「売春」の定義・範囲の拡大にあります。

この問題に対し、フェミニズム視点の議論は一枚岩ではありません。「ウィメンズアクションネットワーク(WAN)」をはじめとする買春処罰に肯定的な団体がある一方で、「スウォッシュ(SWASH)」のように、セックスワーカーの視点から買春処罰に反対する団体も存在します。また、前者の意見は比較的メディアで取り上げられやすい傾向がありますが、後者は可視化されにくいという特徴があります。

今回は、「買春処罰」の問題をどう考えるか、どのような歴史的背景があるのかを理解する補助線として、フェミニズムが性的な行為や表現をどのようなものとして扱ってきたかを、第1波から第4波までの時間軸に沿って紹介していきます。

フェミニズムにおける「性」理解の前提条件

本論考では、フェミニズムにおける「性」の問題を整理するにあたり、「性行為または性的と解釈可能な行動」と「性行為または性的と解釈可能な記録・表現物」とに切り分けます(以下「行動/表現物」)。

なお、前提として、フェミニストたちが関心を向け始めた時期は、「性的な行動」と「表現物」とで異なります。性行動は人類の起源とともに存在してきましたが、性の表現物、とりわけ多くの人がアクセス可能なポルノなどの作品は、メディアの発展に依存して生産・流通・消費されるためです。

以前、フェミニズムは現在も多様な立場や主義主張が展開されていると紹介しましたが、性的な「行動」や「表現物」に対する考え方も同様です。

時代区分以上に、「ラディカル」「リベラル」などの流派の差異や、セクシュアリティ、宗教的背景の有無、性暴力被害や性産業にまつわる経験や立場の差異、「女性」という属性を持った集団をどのように捉えるか、快楽や主体性をどう位置づけるかなど、価値観の相違が大きく、歴史を通して絶えず内部対立や論争を繰り返してきました。

性にまつわる法や道徳、規範や価値観は、時代や国、文化によって大きく異なります。また、セックスの年平均回数や性犯罪の認知件数など、実際の性行動にも国ごとの偏差があります。そのため、今回は日本と、日本に強い影響を与えた事例を中心に扱います。

第1波:母性・売春・国家――フェミニズムにおける性の政治

第1波フェミニズムの時期(1860年代〜1920年代) はテレビ放送開始以前であり、即時に視覚情報を伝達するマス・メディアは存在しなかった (日本で新聞の日刊が創刊されたのは1871年、ラジオ放送開始は1925年)。そのため、性的「表現物」に関する大きな論争はほとんど見られない。

第1波の日本のフェミニストが関心を持った性的「行動」の問題は、堕胎罪、母性保護論争、廃娼運動、そして売春防止法をめぐる問題である。

母性保護論争とは、1918年〜19年にかけて、国家による妊娠・出産・育児期の女性保護と母性礼賛によって、女性の社会的地位を向上させるべきだと主張した平塚らいてうと、女性個人の経済的自立が必要であると主張した与謝野晶子が中心となり繰り広げられた論争である。

廃娼運動は、矯風会・救世軍などキリスト教団体によって1900年頃から展開された。キリスト教精神と女性の人権擁護の観点から公娼制度の廃止を求めた運動であり、その結果、1956年に売春防止法が制定された。売春防止法は、「売春を行うおそれのある婦女」を補導・保護更生することで売春を防止する法律であり、性産業従事者への蔑視が通底している。ちなみに、制定から60年以上が経過し時代遅れとなった売春防止法を下敷きとし、2022年に新たに定められたのが困難女性支援法である。

堕胎罪は1907年に規定されたが、敗戦後すぐ制定された優生保護法(母体保護法)が条件付き中絶を認めているため、日本では中絶の是非が大きな政治・社会問題となることは少ない。しかし、堕胎罪は現在も刑法上の犯罪として存在しており、様々な立場のフェミニストが反対している。

第2波:性的役割の可視化――ウーマン・リブとメディア批判の展開

第2波のフェミニストたちが関心を持った性的「行動」には、ウーマン・リブ、ピルの販売自由化要求運動などがある。

田中美津は、男にとって女とは、母(母性)か便所(性欲処理機)かの二つに分けられる存在である女は母(母性)か便所(性欲処理機)か二分される存在としてあるとし、男が求める「女」のイメージから自己を解放することを「便所からの解放」というマニフェストにしてビラを撒き、1970年代にウーマン・リブ運動を牽引した。

中絶禁止法に反対し、ピル解禁を要求した女性解放連合(中ピ連)は、「性と生殖に関する権利」を女性の基本的人権として主張した。一方で、1970年代前半には、ピンク色のヘルメットとサングラス姿でDV夫や不倫男性の職場へ押しかける派手なパフォーマンスばかりが注目されていた。

中ピ連の主張は、「中絶は殺しであり、中絶する女は殺人者である」として優生保護法の改正反対運動を行ったウーマン・リブ主流派の田中などとは異なる立場だった。

第2波の性的「表現物」に対する取り組みで重要なのは、行動する女たちの会による広告批判キャンペーンだ。75年「国際婦人年をきっかけとして行動起こす女たちの会」として発足したこの会は、「マスコミに対する行動」の一環として、同年、インスタント食品のテレビCM内のセリフ、「私作る人、僕食べる人」に対して「性別役割分担の固定化につながる」と抗議を行う。以後、96年まで広告やポルノの女性表現批判を継続的に行った。

一連の広告批判キャンペーンを実質的に指揮した吉武輝子は、日本初の女性宣伝プロデューサーであり、戦後すぐにアメリカ兵から集団レイプ被害を受けた性暴力サバイバーでもあった。吉武は、国連の世界行動計画で示された「性別役割分業の意識を刷り込むメディアの体質を変える」という問題意識に賛同した。そして、「象徴的な戦い」として様々な抗議活動を展開し、その報道を通じて社会通念そのものを変革しようとした。彼女のメディア観は、1940年代あたりまでのマスコミ研究で主張された「弾丸モデル」や、70年代以降に議論された「強力効果モデル」に近く、大衆をメディアに操作されるだけの受動的で脆弱な存在と位置づけ、メディアは受け手に強力な効果を及ぼすものであるとした。

このように、第2波では「性的行動」をめぐる運動と並行して、「性的表現物」そのものを社会変革の対象とする発想が本格的に形成されていった。

第3波:「保護」か「主体性」か――ポルノと法をめぐる分断

第3波の時期に日本のフェミニストたちが関心を持った性的「行動」の代表例として、「ミスコンテストへの抗議活動」が挙げられる。ミスコン抗議はアメリカでは第2波フェミニズムを象徴する出来事であるが、日本では1980年代後半の第3波の時期に積極的に行われた。批判の骨子は、男性と女性に異なる期待をかけ、女性を劣位に位置づけることで男性を基準・標準とする性の二重基準に加えて、男性により「性的対象としての女性」の序列化が行われることを問題視するものであった。

第2波までのフェミニストは、自らを「女性」という集団の一員であり、共通の利害を有する存在と認識し、女性の不平等な地位を変革するための集団行動を支持する傾向が強かった。

第3波以降、性的「行動」と「表現物」の問題は、より密接するようになる。それを象徴するのが80年代のアメリカで起きた「セックス・ウォーズ」と呼ばれる論争である。この論争では、ポルノという性的「表現物」の規制と、セクシャル・ハラスメントやDVという性的「行動」の禁止が同一の人物によって主張されたことが、女性の実存と表象の問題が混在する一因となった

セックス・ウォーズは、「ポルノを法的に禁止するか否か」をめぐり、キャサリン・マッキノンやアンドレア・ドウォーキンを中心とする反ポルノ運動のフェミニストと、「セックスポジティブ」と呼ばれる反ポルノ運動を批判するフェミニストが、女性の保護と安全/快楽と主体性をめぐり行った論争である。

反ポルノ運動の中心人物マッキノンの女性観は、女性は男性支配の下で従属的な立場に置かれており、主体的な性的欲望や主体性は成立し得ないというものであった。ドウォーキンとともに「ポルノは実質的に、女性が知っているありとあらゆる形態の搾取と差別の根源である」「殺人のエロス化がポルノの本質である」など、扇情的にポルノの悪徳を訴える一方で、ポルノを「わいせつ」の問題から、「公民権」すなわち女性の人権侵害の問題へとスライドさせ、ミネアポリス市やインディアナポリス市で反ポルノ条例の制定・施行を目指した。

対して、セックスポジティブのフェミニストたちは、女性の快楽と主体性を論じた。表現の自由と法の持つ禁止機能に関心を寄せ、反ポルノのフェミニストたちの「白人・異性愛・生物学的女性」中心主義を批判。ポルノを法で禁止するのではなく、女優の労働条件改善や、女性消費者のためのポルノ制作など、制作/消費の両方で女性を支援することが望ましいと主張した。

だが、法倫理の実務家であり、実際の権利紛争問題を扱うことに長けていたマッキノンに対し、セックスポジティブのフェミニストは、活動家や学者、作家など、法的枠組みへの影響力が少なかった

加えて、マッキノンのセクシャル・ハラスメントに関する主張は司法に認められ、非対称な権力関係や支配に基づく性的被害という理解が法制化された。その結果、この考え方は国際的にも影響力を強めていった。

第4波:炎上と可視化の時代――#MeTooと告発の政治

第4波のフェミニストたちが関心を持つ性的「行動」は、SNSの#(ハッシュタグ)機能を用いて、性被害やハラスメントの被害当事者が加害者を告発する「#MeToo」運動である。#MeTooは、被害者自身による傷つけられたアイデンティティの修復、再値付けである反面、司法のプロセスを無視した「法廷外の正義」であり、暴走しやすい。

第4波においても、そもそも正確に測定することが困難なマス・メディアの「効果」にのみ注目し、「表現物」の影響を過大視する傾向は続いており、「(ステレオタイプな)性役割」と「容姿・性的メッセージ」を問題視する。その批判者の視点は、行動する女たちの会の時代から大きく変わっていない。

スマートフォンの普及でメディアへのアクセス性がいっそう高まる中、加速度的に増えたフェミニストによる性的「表現物」への批判と「炎上」は、とりわけ広告の領域で行われている。

広告は有料の媒体を用い、様々な場所や空間の枠を購入して行う宣伝手段であり、「強制視認性」を持つものとされている。主に商品や興行物などの周囲や購買促進を目的とするため、他の表現に比べ、消費者からのクレームに対し脆弱になりやすい。つまり広告は、構造的に「炎上」させやすい性質を持つ。

現在、広告に関しては、国際的に「ステレオタイプ表現の自主規制」を訴える動きが強まっている。2017年には、国連女性機関UN Womenが、世界最大規模の広告フェスティバルにおいて「アンステレオタイプアライアンス」を発足させた。これは、賛同企業とともに、メディアや広告の力を用いてステレオタイプを是正することを目的とする団体である。日本のフェミニストの一部も、性的「表現物」批判の立場からこの流れに賛同している。

目立たない性産業への肯定論

フェミニズムにとって問題となる性的「行動」は、第一に女性自身の健康と生活に関するものでした。

妊娠・出産を国家的に保護することで社会的価値を高めるか、それとも社会進出のボトルネックとみなすかという問題は、現代でも女性の社会進出と少子化という形に姿を変えて続いています。

中絶や避妊は、女性自身の健康と選択の問題を超えて論争化し、フェミニズム内部からも「優生思想」と批判されることがありました。

売春防止法制定の背景には、キリスト教的道徳や性産業従事者への蔑視がありました。この問題はその後も、困難女性支援法やAV新法などをめぐって現在まで続いています。

売春を含む性産業の是非に関して、とりわけ第3波以降は、性産業を「労働」として捉え、労働環境改善や合法化を求めるフェミニストもいます。法倫理の実務家であるキャサリン・マッキノンの提唱したセクシャル・ハラスメントやDV被害防止の法倫理が日本においても法や条例の制定に影響を与えたことに対して、セックスポジティブフェミニストの言論は、制度形成への影響という点では相対的に小さいです。

フェミニズムにとって問題となる性的「表現物」は、マス・メディアの発展とともに可視化されました。第2波以降、一貫して「(ステレオタイプな)性役割」と「容姿・性的メッセージ」が問題視されている。国連女性機関UN Womenのような国際的組織は、表現物による影響を重視し、社会正義と経済活動の統合を志向しています。その一方で、メディアの媒介性、様々な状況下の主体によるテクストの消費プロセスに着目する1980年代以降のメディア研究の視点は少ないです。

AVは、制作過程において性行為などの性的「行動」を伴いますが、流通・販売の過程では性的「表現物」として扱われます。制作段階で強要などの被害が発生した場合、賠償や販売・流通停止を求めることは正当な権利ですが、強要もなく、自らその仕事を選んだ女優の作品まで「女性の人権侵害」として扱うことは、実在する女優の自己決定よりも、恣意的に一元化された「女性」という集団像を優先することになります。

女性消費者のためのポルノ制作などを求めるフェミニストもいますが、法による「禁止」の効果を問題視する傾向も強く、法制化を目指す活動が少ないため、「禁止」を求める言論より目立ちにくいのです。

「買春処罰」の問題においても、現在の日本のフェミニズムの主流は肯定的な立場を取っています。買春処罰反対を主張するフェミニズムも存在する一方で、その是非をめぐる本格的な論争には発展していないこと自体が、現代の性をめぐる問題の特徴であると筆者は考えています。

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