なぜ、ジェンダー問題はいつも炎上しているのか?【前編】

フェミニズムの歴史から読み解く
柴田英里 2026.05.31
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インターネット上では、ジェンダーやフェミニズムをめぐる騒動や炎上が頻繁に起きています。

「ジェンダー」の問題を起点とする炎上騒動は2021年の森元首相の「女性がたくさん入っている理事会の会議は時間がかかります」という発言を発端とした騒動をピークとし、現在はやや落ち着いてきてはいますが、女性蔑視や性役割固定、性的描写や男性への逆差別、それにトランスジェンダー関連のトピックなど、継続的に議論が起こり、時に「炎上」状態になっています。

Google Trends における「ジェンダー」「フェミニズム」「フェミニスト」の検索数推移

Google Trends における「ジェンダー」「フェミニズム」「フェミニスト」の検索数推移

参考:近年のジェンダー系の主な「炎上」事案

参考:近年のジェンダー系の主な「炎上」事案

なぜ、ジェンダー問題はいつも炎上しているのか?

なぜ、ジェンダー問題はいつも炎上しているのか。

簡単にいえば、野球や政治、宗教の話と同じで、個人の信念やイデオロギーの問題だからです。社会制度や個人の価値観に関する理想、あるいは「あるべき姿」に、唯一の正解はありません。

とりわけ、近年のジェンダー論において中心的な概念の一つとなっている「アイデンティティ・ポリティクス(特定の性別、人種、性的指向などの属性を基盤とした政治運動や主張)」は、炎上しやすい構造を持っています。

アイデンティティ論とは、自我の統合機能を通して、個人の内面と社会、あるいは時代との関係を明らかにしようとする考え方です。換言すれば、「主体性の確立(自分自身のもの)」と「同一性の獲得(集団への帰属意識や社会的連帯)」を同時に求める精神作用を分析する理論ともいえます。

この議論のなかで、とりわけ重要なのが「アイデンティティの危機」という概念です。アイデンティティの危機とは、多数の準拠集団や役割を含む巨大な近代社会において、個人(とりわけ青年)がうまく適合できないときに生じます。その結果、人は「自分が何者であるのか」を自己定義できなくなる状態に陥るのです。

人は「自分が何者であるのか」を問いながら、同時に、自己実現可能な準拠集団を求めるという二律背反の状態に置かれます。そして、「何者でもない自分」という不安に直面したとき、特定の対象を「排除・否定」することで、逆説的に「それを否定している正しい自分」というアイデンティティを、安易かつ迅速に獲得しようとするのです。

また、集団内での自分の地位(アイデンティティ)を確固たるものにするため、外部の異分子やルール違反者を積極的に攻撃・排除することがあります。つまりは、SNSでのバッシングや内ゲバ、キャンセルカルチャーのことです。こうした行為を通じて、「私はこの集団に忠実な構成員である」という承認を得ようとするのです。

ジェンダーとフェミニズム

今回は、「ジェンダーとは何か?」「フェミニズムとは何か?」「フェミニストとは何か?」を、初めて触れる人にも伝わるよう、大まかに整理した上で、現代のジェンダー論・フェミニズムが抱える問題について提示していきます。

まず、「ジェンダー」とは何か。

デジタル大辞泉によれば、ジェンダーには以下の意味があります。

  • 文法で、名詞や活用語の男性・女性・中性といった分類。

  • 社会的・文化的に形成される男女の差異。男らしさ、女らしさといった言葉で表現されるもので、生物上の雌雄を示すセックスと区別される。社会的性差。文化的性差。

一般的に「ジェンダー問題」と言われる場合は、男性/女性という分類自体への疑義や、現在存在すると考えられている社会的・文化的性差に対する異議申し立てが中心になります。

では、「フェミニズム」とは何か。

デジタル大辞泉によれば、フェミニズムとは、

  • 女性の社会的、政治的、経済的権利を男性と同等にし、女性の能力や役割の発展を目指す主張及び運動。女権拡張論。女性解放論。

  • 女性尊重主義。

ただし、この定義だけでは、ややわかりづらい印象もあります。たとえば、女性を「解放」することと「尊重」することの間には、ニュアンスのズレがありそうですし、女性を尊重することと、女性の権利を「男性と同等」にすることの間にも、時に緊張関係が生じます。

そのため、「一読してわかるような、わからないような」と感じる人も少なくないかもしれません。

ジェンダー論とフェミニズムは、歴史的・思想的に深く結びついており、地続きの関係にあります。担い手も重複していますが、それぞれの主たる目的や依拠する立場には差異があります。

学術領域においては、ジェンダー論は「第2波フェミニズム」運動を経て発展しました。大学などのアカデミアでは「女性学」が設立され、その後、男性やセクシュアル・マイノリティも対象に含む「ジェンダー・スタディーズ」へと拡張されていきます。

一方、国際政治や公共政策の領域では、1995年の国連第4回世界女性会議(北京会議)を契機に、「ジェンダー主流化」という考え方が国際的に確立しました。

これは、一見すると男女平等に見える制度であっても、男女それぞれの社会的状況や身体的差異が十分に考慮されているかを、継続的に分析・検証する視点を、政策や制度設計のプロセスに組み込む考え方です。

日本では、1999年に男女共同参画社会基本法が成立して以降、公的なアジェンダにおいては、「フェミニズム」よりも「ジェンダー」という言葉が用いられるようになりました。

参考:公的政策としてのジェンダーと「ジェンダー主流化の」流れ

参考:公的政策としてのジェンダーと「ジェンダー主流化の」流れ

ここで重要になるのが、「社会運動としての政治性」と、「学術的な客観性・普遍性」のバランスです。

また、ジェンダー論の構成基盤にはフェミニズム運動や研究があるため、その流れを踏まえておくことも重要なります。

フェミニズムの歴史

フェミニズムにはさまざまな流派が存在します。たとえば、「女性を男性と異なるものとして賛美するか、それとも女性性や男性性といった社会的に形成された性差そのものを解体していくか」「ポルノやセックスワークを否定するか、肯定するか」などをめぐり、内部で対立や論争が繰り返されてきました。

大まかな傾向としては、女性個人の自由を重視する、新自由主義的な価値観を根幹に持つ流派と、資本主義経済がもたらす格差を国家による再分配で是正しようとする、社会民主主義的な価値観を根幹に持つ流派に二分されます。

また、アカデミックな領域では、フェミニズムは左派的な思想・運動として理解されることが多く、日本の大学では基本的に英米から輸入された学問という位置づけにあります。出版される書籍にもそうした傾向はありますが、一方で、アメリカの禁酒運動を牽引した福音派フェミニズムや、日本で廃娼運動を行った日本キリスト教婦人矯風会のように、宗教的価値観や保守的規範を重視する流派・運動も数多く存在しています。

フェミニズムが生まれた背景には、18世紀後半のフランス革命と、19世紀ヨーロッパにおける近代家族の成立があります。

とりわけ重要なのが、「家庭内(私的領域)」と「公的領域」の分離です。

フランス人権宣言(1789年)は、「人間は生まれながらに自由であり、権利において平等である」と宣言しました。しかし、この「人間」は、実質的には成人男性を想定したものでした。

劇作家で女優のオランプ・ド・グージュをはじめ、その矛盾に対し、「女性にも同じ権利が認められるべきではないか」と声を上げる女性たちが現れます。イギリスの思想家メアリ・ウルストンクラフトは、フランス革命に刺激を受け、1792年に『女性の権利の擁護』を執筆し、これがのちの「第1波フェミニズム」の思想的基盤となります。

一方で、革命後のフランスでは、1793年にジャコバン派が権力を掌握すると、女性の政治クラブはすべて禁止され、女性による政治集会も罪とされました。つまり、近代フェミニズムは、近代的人権思想から生まれたと同時に、その限界への異議申し立てとしても誕生したのです。

また、近代化は、女性にとって別の問題も生みました。

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続きは、3214文字あります。
  • フェミニズムの主張の変遷

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