なぜ、ジェンダー問題はいつも炎上しているのか?【前編】
インターネット上では、ジェンダーやフェミニズムをめぐる騒動や炎上が頻繁に起きています。
「ジェンダー」の問題を起点とする炎上騒動は2021年の森元首相の「女性がたくさん入っている理事会の会議は時間がかかります」という発言を発端とした騒動をピークとし、現在はやや落ち着いてきてはいますが、女性蔑視や性役割固定、性的描写や男性への逆差別、それにトランスジェンダー関連のトピックなど、継続的に議論が起こり、時に「炎上」状態になっています。

Google Trends における「ジェンダー」「フェミニズム」「フェミニスト」の検索数推移

参考:近年のジェンダー系の主な「炎上」事案
なぜ、ジェンダー問題はいつも炎上しているのか?
なぜ、ジェンダー問題はいつも炎上しているのか。
簡単にいえば、野球や政治、宗教の話と同じで、個人の信念やイデオロギーの問題だからです。社会制度や個人の価値観に関する理想、あるいは「あるべき姿」に、唯一の正解はありません。
とりわけ、近年のジェンダー論において中心的な概念の一つとなっている「アイデンティティ・ポリティクス(特定の性別、人種、性的指向などの属性を基盤とした政治運動や主張)」は、炎上しやすい構造を持っています。
アイデンティティ論とは、自我の統合機能を通して、個人の内面と社会、あるいは時代との関係を明らかにしようとする考え方です。換言すれば、「主体性の確立(自分自身のもの)」と「同一性の獲得(集団への帰属意識や社会的連帯)」を同時に求める精神作用を分析する理論ともいえます。
この議論のなかで、とりわけ重要なのが「アイデンティティの危機」という概念です。アイデンティティの危機とは、多数の準拠集団や役割を含む巨大な近代社会において、個人(とりわけ青年)がうまく適合できないときに生じます。その結果、人は「自分が何者であるのか」を自己定義できなくなる状態に陥るのです。
人は「自分が何者であるのか」を問いながら、同時に、自己実現可能な準拠集団を求めるという二律背反の状態に置かれます。そして、「何者でもない自分」という不安に直面したとき、特定の対象を「排除・否定」することで、逆説的に「それを否定している正しい自分」というアイデンティティを、安易かつ迅速に獲得しようとするのです。
また、集団内での自分の地位(アイデンティティ)を確固たるものにするため、外部の異分子やルール違反者を積極的に攻撃・排除することがあります。つまりは、SNSでのバッシングや内ゲバ、キャンセルカルチャーのことです。こうした行為を通じて、「私はこの集団に忠実な構成員である」という承認を得ようとするのです。
ジェンダーとフェミニズム
今回は、「ジェンダーとは何か?」「フェミニズムとは何か?」「フェミニストとは何か?」を、初めて触れる人にも伝わるよう、大まかに整理した上で、現代のジェンダー論・フェミニズムが抱える問題について提示していきます。
まず、「ジェンダー」とは何か。
デジタル大辞泉によれば、ジェンダーには以下の意味があります。
文法で、名詞や活用語の男性・女性・中性といった分類。
社会的・文化的に形成される男女の差異。男らしさ、女らしさといった言葉で表現されるもので、生物上の雌雄を示すセックスと区別される。社会的性差。文化的性差。
一般的に「ジェンダー問題」と言われる場合は、男性/女性という分類自体への疑義や、現在存在すると考えられている社会的・文化的性差に対する異議申し立てが中心になります。
では、「フェミニズム」とは何か。
デジタル大辞泉によれば、フェミニズムとは、
女性の社会的、政治的、経済的権利を男性と同等にし、女性の能力や役割の発展を目指す主張及び運動。女権拡張論。女性解放論。
女性尊重主義。
ただし、この定義だけでは、ややわかりづらい印象もあります。たとえば、女性を「解放」することと「尊重」することの間には、ニュアンスのズレがありそうですし、女性を尊重することと、女性の権利を「男性と同等」にすることの間にも、時に緊張関係が生じます。
そのため、「一読してわかるような、わからないような」と感じる人も少なくないかもしれません。
ジェンダー論とフェミニズムは、歴史的・思想的に深く結びついており、地続きの関係にあります。担い手も重複していますが、それぞれの主たる目的や依拠する立場には差異があります。
学術領域においては、ジェンダー論は「第2波フェミニズム」運動を経て発展しました。大学などのアカデミアでは「女性学」が設立され、その後、男性やセクシュアル・マイノリティも対象に含む「ジェンダー・スタディーズ」へと拡張されていきます。
一方、国際政治や公共政策の領域では、1995年の国連第4回世界女性会議(北京会議)を契機に、「ジェンダー主流化」という考え方が国際的に確立しました。
これは、一見すると男女平等に見える制度であっても、男女それぞれの社会的状況や身体的差異が十分に考慮されているかを、継続的に分析・検証する視点を、政策や制度設計のプロセスに組み込む考え方です。
日本では、1999年に男女共同参画社会基本法が成立して以降、公的なアジェンダにおいては、「フェミニズム」よりも「ジェンダー」という言葉が用いられるようになりました。

参考:公的政策としてのジェンダーと「ジェンダー主流化の」流れ
ここで重要になるのが、「社会運動としての政治性」と、「学術的な客観性・普遍性」のバランスです。
また、ジェンダー論の構成基盤にはフェミニズム運動や研究があるため、その流れを踏まえておくことも重要なります。
フェミニズムの歴史
フェミニズムにはさまざまな流派が存在します。たとえば、「女性を男性と異なるものとして賛美するか、それとも女性性や男性性といった社会的に形成された性差そのものを解体していくか」「ポルノやセックスワークを否定するか、肯定するか」などをめぐり、内部で対立や論争が繰り返されてきました。
大まかな傾向としては、女性個人の自由を重視する、新自由主義的な価値観を根幹に持つ流派と、資本主義経済がもたらす格差を国家による再分配で是正しようとする、社会民主主義的な価値観を根幹に持つ流派に二分されます。
また、アカデミックな領域では、フェミニズムは左派的な思想・運動として理解されることが多く、日本の大学では基本的に英米から輸入された学問という位置づけにあります。出版される書籍にもそうした傾向はありますが、一方で、アメリカの禁酒運動を牽引した福音派フェミニズムや、日本で廃娼運動を行った日本キリスト教婦人矯風会のように、宗教的価値観や保守的規範を重視する流派・運動も数多く存在しています。
フェミニズムが生まれた背景には、18世紀後半のフランス革命と、19世紀ヨーロッパにおける近代家族の成立があります。
とりわけ重要なのが、「家庭内(私的領域)」と「公的領域」の分離です。
フランス人権宣言(1789年)は、「人間は生まれながらに自由であり、権利において平等である」と宣言しました。しかし、この「人間」は、実質的には成人男性を想定したものでした。
劇作家で女優のオランプ・ド・グージュをはじめ、その矛盾に対し、「女性にも同じ権利が認められるべきではないか」と声を上げる女性たちが現れます。イギリスの思想家メアリ・ウルストンクラフトは、フランス革命に刺激を受け、1792年に『女性の権利の擁護』を執筆し、これがのちの「第1波フェミニズム」の思想的基盤となります。
一方で、革命後のフランスでは、1793年にジャコバン派が権力を掌握すると、女性の政治クラブはすべて禁止され、女性による政治集会も罪とされました。つまり、近代フェミニズムは、近代的人権思想から生まれたと同時に、その限界への異議申し立てとしても誕生したのです。
また、近代化は、女性にとって別の問題も生みました。
共同体による相互監視や介入の力が弱まり、「家庭」が外部から干渉を受けない独立空間になった結果、女性は選挙権だけでなく、財産権・親権・離婚の自由も持たない無権利状態に置かれやすくなりました。
噛み砕いて言えば、前近代では、暴力を振るう夫や、借金を重ねる、家庭を顧みない男性に対して、ご近所や共同体から一定の制裁が働いていました。しかし近代化によって、家庭が私的領域として閉じられた結果、外部が介入しにくくなり、社会的・経済的に弱い立場に置かれやすい女子供の平穏が保障されにくくなったのです。
比較的裕福で教養のある女性たちを中心に、そうした状況から脱却しようとしたことが、フェミニズムの出発点の一つでした。
フェミニズムの主張の変遷
西洋において、近代家族システムへの不満から始まったフェミニズムは、時間軸で見ると、19世紀の第1波から現在の第4波まで、大きく4つの時期に分類されます。また、思想的立場から見ると、「マルクス主義」「ラディカル」「ブラック」「ポストモダン」「リベラル」など、多様な流派が存在します。
現在もさまざまな立場や主張が展開されていますが、総じていえば、フェミニズムとは、セックス/ジェンダーの社会的変容を目指す思想であり、同時に、個人や集団による実践・運動という性質を持つものです。
以下、第1波から現在までのおおまかな流れと、現代フェミニズムが抱える問題を整理していきます。
〈第1波フェミニズム〉
1860年代から1920年代にかけて欧米を中心に広がった第1波フェミニズムは、参政権や財産相続権など、公的領域における男性との法的平等を求める運動だった。主な担い手は、ガヴァネス(住み込み家庭教師)や、医師・弁護士などの中産階級女性である。
この時期のフェミニストたちの課題認識は、生物学的な男女の性差(セックス)を階級格差と位置づけ、劣位に置かれた「女性」という階級を、「男性」と同等の位置に上昇させることにあった。
〈戦争による実質的な女権拡張〉
戦争は女性の社会進出を促進しただけでなく、フェミニズム運動そのものの戦略にも影響を与えた。
第一次世界大戦・第二次世界大戦など、戦争による男性労働者不足は女性の雇用を促進し、社会進出を後押しした。文化・芸術の分野でもそうだ。例えば、イギリス文学界では、男性作家の徴兵や戦死が女性作家の紙面占有率を底上げした。
また、戦争協力によって女性の地位向上を目指すフェミニストもいた。英国の戦闘的な女性参政権運動(投石や爆破などを伴う直接行動)を組織し、度々批判されたエメリン・パンクハーストは、女性の戦争努力への貢献を参政権獲得のための礎にしようとしたし、婦人参政権獲得を目指した市川房枝は、大成翼賛会の活動に邁進し、戦争協力を惜しまなかった。
〈第2波フェミニズム〉
1960年代から70年代に広がった第2波フェミニズムの背景には、戦後の生産力の向上による大量消費社会の到来に際し、家庭こそが社会道徳の解体に対する最後の防波堤とみなされたことへのフラストレーションがある。
公民権運動や反核、ベトナム反戦運動など、様々な社会運動・学生運動に参加していた女性たちによるブルジョア的価値・道徳の否定と、妊娠・中絶の自己決定、性役割への異議申し立てが中心であり、高学歴中産階級主婦や高学歴女子学生が主な担い手となった。
この時期のフェミニストたちの課題認識は、生物学的な性差(男性/女性)であるセックスと、その上で組み立てられる社会文化的な意味づけ(男性性/女性性)であるジェンダーという二元的な区分を採用し、セックスに対してジェンダーを優位に位置づけること。男女の社会的性差(ジェンダー)を階級格差と位置づけ、劣位に置かれた「女性」という階級の解放を求めることにあった。
アン・オークリーは、「妊娠と授乳ができる」ことが、それ以上のことを女性に要求するための正当化に用いられていると批判し、ケイト・ミレットは「父権性」が支配的な構造を作り上げていることを立証しようとし、フェミニズムの問題領域を生物学的な基盤から文化の領域へと移行させた。
そうして、「男らしさ/女らしさ」は生まれつきではなく、社会が作ったものだという理解は広がった。フェミニストたちがセックスに対してジェンダーを優位に位置づける傾向は現在まで続いている。
〈第3波フェミニズム〉
1980年代後半から広がった第3波フェミニズムは、冷戦終結以後、グローバル化と脱産業化、個人主義の時代を背景にする。公的権利の獲得や雇用機会の均等など、名目上の男女平等が達成され、日本においても、フェミニズムはアカデミズムで確固とした地位を獲得し、第2波までのフェミニストが要求してきた政策課題は法律や行政に組み込まれるようになった。
フェミニズムは目的を終え、もう必要ないとする動きも出る一方で、フェミニストの関心は、より個人主義的でミクロな問題に移行し、サブカルチャーやポップカルチャー、メディアを通じてフェミニズムを広げる活動が活性化する。
第3波において、フェミニストたちの課題認識に大きな変革が起こる。第2波までのフェミニズムが白人・中産階級・異性愛女性を「標準」と位置づけていたことの反省から、差別の複合的な構造に目を向けるインターセクションナリティ(交差性:人種・性別・貧困・障害など、複数の差別が重なり合う構造を捉える考え方)が標榜されるようになり、意識的に有色女性や貧困女性、セクシャル・マイノリティを包摂するようになる。
男女のセックスとジェンダーの他にも、人種や階級、セクシュアリティ、障害の有無など、複合的で男女の二元に還元できない問題があることを認識する中で、フェミニズムは「女性=被害者」という単純化されたモデルを手放さねばならなくなる。
結果として「女性」というカテゴリーの複雑化と細分化が起こったものの、主な担い手が高学歴中産階級女性であることに大きな変化はなかった。
〈第4波フェミニズム〉
2010年代以降の現在は、第4波フェミニズムといわれている。スマートフォンの普及と同時期に拡大した第4波は、基本的には第3波フェミニズムと同じ課題認識を持っているが、「性」とアイデンティティをめぐる様々な問題がより中心化している。インターネットの普及、とりわけSNSに代表される情報発信媒体(メディア)が増えたことで、個人のメディアへのアクセスが容易になり、フェミニズム自体がよりポピュラーなものになった。
特筆すべきは、「#Me Too」を始めとした、SNSのタグづけ機能を活用したハッシュタグ・フェミニズムという手法である。SNSの双方向性と拡散性によって、個人の経験や問題意識の共有、コミュニティ形成、運動への参加を呼びかけるこの手法は、フェミニストたちの問題意識や議論だけでなく、対立や分断も大いに可視化させることになった。

第1〜第4波フェミニズムの特徴と変遷
さて、ここまでで、ジェンダーとフェミニズムの関係性やフェミニズムの歴史を簡単に振り返ってきました。ポイントを簡単に要約すると、以下のようになります。
ジェンダー問題が炎上しやすいのは、「正解のない価値観・イデオロギーの問題」だから
ジェンダー論とフェミニズムは密接に関係しつつも、役割や立場が異なる
フェミニズムは単一ではなく、内部に多様な流派と対立がある
フェミニズムは近代社会の矛盾から誕生した
フェミニズムは時代ごとに課題が変化し、現在はSNSとアイデンティティ政治の影響が強い
【前編】では、「なぜジェンダー問題が炎上するのか」を、フェミニズムの歴史と思想の変遷を通じて説明してきました。
【後編】では、現在のフェミニズムの問題点と、対立構造を理解するための前提、「ジェンダー問題」が炎上する背景について、より具体的に論じていきます。
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